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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
「まったくよ、どんなに小さくとも橋があればあんなにたくさん死なずに済んだんだ、なにしろ浅草橋の御門は閉る、うしろは火で、どうしようもなく此処へ集まっちゃったんだ、見られたありさまじゃなかったぜ」
「橋を架けなくちゃあいけねえ、どうしても此処にあ橋が要るよ」
「そんな話も出ているそうだぜ」
おせんは河岸に立ってじっと川を眺めていた。少し暑いくらいの日で、満潮の川波がまぶしいくらい明るく光り、かなり高く潮の香が匂ってくる。両国広小路のほうにはもう水茶屋が出来て、葭簾張りに色とりどりの暖簾を掛けた小屋が並び、客を呼ぶ女たちの賑やかな声が聞えていた。――おせんは口の中でなにか呟いた。河岸に並んでいる古い柳、それはみんなまっ黒に焦げているが、枝の付根や幹のそこ此処からたいてい新しい芽が伸び、鮮やかな緑の葉が日にきらめいていた。おせんはその柳の並木を見まもった、なにかしら記憶がよみがえってくる、たぷたぷと波の寄せる石垣にも、水茶屋の女たちの遠い呼びごえにも、そして焦げたまま芽ぶいているその古い柳からは、誰かなつかしい人の話しかける言葉さえ聞えるようだ。……おせんは苦しそうに眉をしかめ、じっと眼をつむったり、頭を振ってみたりした。