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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
更けてから行燈のそばで財布をひろげ、帳面と算盤を前に夫婦でながいことひそひそなにか話している、そんなときおせんは幸太郎と添寝をしながら、世の中のくらしにくさ、生きてゆくことの艱難を思い、冷たい隙間風に身を曝しているような、さむざむとした心ぼそさにおそわれるのであった。
末すぼまりになったとはいえ、そのままでゆけばとにかくその商売にとりつくことはできたかもしれない。荷のはけも悪く儲けも少なくなったが、「藁屋」としてはかなり知られてきたので小さなあきないはそれ相当にあった。また近いうちに町家を取払った跡へ書替役所が建つそうだし、松平なにがしの下屋敷も地どりを始めたから、もしてがかりがつけばかなりな仕事になる。それでそのほうへも内々できっかけをつけていたのだが、不運なことにそこへ水禍が来て、すべてを押流されるようなことになってしまった。
――その年はから梅雨のようで、五月から六月の中旬まで照り続け、近在では田植あとの水が不足で困っているという噂もたびたび聞いた。それが六月十五日から雨になるとこんどはやむまもなく降りだし、三十日から七月の一日二日にかけて豪雨、それこそ車軸をながすようなどしゃ降りとなった。