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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
を見つめながら話す、それはますますはっきりと、いま耳もとで囁かれるようによみがえってくる。
――待ってて呉れるね、おせんちゃん、おれの帰るまで、おれの帰るまで……。
勘十の商売はひと頃ほど儲からなくなっていた。家を建てるにはごく手軽にというお布令もあったし、それ以上一般の不況が祟って、ちゃんとした家を建てるものはごく少なく、なかにはお布令をしりめにみるような豪奢な建物もなくはないが、たいていが仮造りでまにあわせるという風で、それも三月にはいってからはいちおう建つものは建ったというかたちで大きな注文が殆んどなくなってしまった。古河のほうへはその後も大量に買いつけてあったので、四月になっても送られて来る荷が、はけきれないまま物置からはみだし、空地に積まれて雨ざらしになるという始末だった。――売った代銀の回収も思うようにいかないようで、荷主からの督促に追いかけられ、その云いわけや、買いつけたあとの荷を断わるために、勘十が幾たびも、古河へいったりした。
「馴れねえことに手を出すもんじゃあねえ」
こんな風に云って溜息をつくことが多くなり、百姓たちの狡猾さや、大工左官の親方たちのずるがしこさを罵った。