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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
天王町から片町へはいるところに小さな橋がある。そこまで来ると横から名を呼ばれた。
「あら、おせんちゃんじゃないの」
振返ると若い女が立っていた。濃い白粉とあざやかすぎる口紅が眼をひいた。髪かたちも着ている物も派手なうえに品がない、誰だろう、思いだせずにいると女はふところ手をしたまま寄って来た。
「やっぱりおせんちゃんだね、あんた無事でいたんだね」女は上から見るような眼つきをした、「――あたし死んじゃったかと思ってたよ、いまどこにいるの、それあんたの子供なのかえ」
「まあ」おせんは息をひいて叫んだ、「――おもんちゃん、あんた、おもんちゃんじゃないの」
「なんだ、いまわかったの、薄情だね」
おもんは男のように脇を向いて唾をした。おせんはぞっと身ぶるいが出た、なつかしい友である。福井町のお針の師匠でいっしょになり、ただ一人の仲良しとしてつきあっていた。家は天王町で丸半というかなりな油屋だったし、彼女はそのひとつぶだねで、縹緻もよしおっとりとしたやさしい気質の娘だった。それがこんなに変ってしまった、変ったというよりまるで別人ではないか、濃く塗った白粉でも隠すことのできない膚の荒れ、紅をさしたために却って醜く乾いてみえる唇、濁ったもの憂げな眼の色、そしてからだ全体の、どこか線の崩れただるそうな姿勢、病気でもあるらしい嗄が