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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
れてがさがさした声、――どの一つを取っても昔のおもかげはない、おもんであることは慥かだが、しかしそれはもう決しておもんではなかった。なつかしいという気持は一瞬に消えて、おせんはそのまま逃げだしたくなった。
「あたしの家もきれいに灰になったよ、感心するくらいきれいさっぱりさ」おもんはひとごとのようにこう云った、「――おっ母さんと小僧が焼け死んじゃった、面白いもんだね、人間なんて、お酒もろくに飲まなかったお父つぁんが、いまじゃあ酔っぱらって泥溝の中で寝るし、さもなきゃ番太の木戸へ縛りつけられてるわ、そしてこれもまんざら悪くはねえなんて、……あんた御亭主をもったの」
「いいえ、この子はそうじゃないの、あたしひとりだわ」
「どうだかね」おもんは不遠慮にこちらを眺めまわした、「あんた楽じゃないらしいね、ふん、この不景気じゃ誰だって堪らないから、飢死をしないのがめっけものさ、いまどこにいるの」
「平右衛門町の中通りにいるわ」
「変ったわねあんた」もういちどじろじろ見まわしておもんは激しく咳いた、「――なにか困ることがあったらおいでよ、あたしお閻魔さまのすぐ裏にいるからね、もしなんなら少しお小遣をあげようか」