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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
……朝のしかけも済んでしまったが男はおちついて莨を吸っていた、百姓をする人に特有の少しこごみかげんな逞しい肩つきや、辛抱づよくなにごとかを待っているという風な姿勢をみると、どうにもそこへいって坐る気になれず、おせんはまるで身の置き場に窮した者のように、狭い台所でいっとき息をひそめるのであった。
「用が済んだらこっちに来なさらないか」物音が止んだのに気がついたとみえ、男が向うから呼びかけた、「――それからだいぶ冷えるが、火が有ったら貰えまいかね」
「済みません、火をおとしてしまいまして、あのう」おせんは赤くなった、「小さいのがいて危ないもんですから、家の中へは火を置かないようにしていますので、つい」
男はまた黙って部屋の中を見まわした。おせんは消した焚きおとしで火を作ろうかと思ったが、それだけあれば朝の煮炊きが出来るので、そのままそっと部屋の中へはいってゆき戸納からあの風呂敷包をそこへ取り出した。
「これは水の晩にあたしがお常さんのおばさんから預かったものですの」
「あらましのことは友助さんに聞いたがね」
男は包をちょっと見たばかりでこう云った。
「――わしも心配はしていたが、まさか死んでいようとは思わなかった、死躰もわからずじまいだったというが……まだわしには本当とは思えない」