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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
――大阪へいってから、それこそ血の滲むような苦労をしながら、その約束ひとつを守り本尊にして稼いだって」
おせんは耳を塞ぎたいように思った。なにもかもわかっている、それから先は聞くまでもないことだ、聞くのは辛いし苦しい、もうやめて下さいと云いたかった。だがおたかは続けた、権二郎の告げ口から庄吉が江戸へ帰って来るまでのこと、帰って来てからおせんと逢うまでのこと、そしておせんが彼の申出をきかず、子を棄てようとしなかったことなど、――朴直なひとに有りがちの単純さで、話すうちにおたかはまた庄吉への同情を激しく唆られたらしい、口ぶりにも顔つきもさっきのうちとけた色はなくなって、再びよそよそしい調子があらわれてきた。
「あの人は泣いていたわ、あたしたちも泣かされたわ」おたかはこう結んだ、「――おせんちゃんにもそれだけのわけがあるんだろうけれど、まだそれほど年月が経ったというんでもないのにあんまりじゃないの、あたしは女だからそういっても薄情な気持にはなれない、出来たことはしようがないとも思うけれど、うちのひとがすっかり怒ってしまって、もう往き来をしちゃあいけないってきかないのよ、だからあんたも当分はそのつもりでね、いつかまたうちのにあたしがよく云うから、それまで辛抱して独りでやっていらっしゃいな」