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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
はかないといえばいえるけれど、それだけでも今のおせんは幸福な気持になれるのであった。
三日の午後に古河から松造が来た。野菜物を千住の問屋へ送って来たのだと云って、おせんにも土の付いた牛蒡や人参や漬菜などをぜんたいで二貫目あまりと、ほかに白い餅や小豆や米なども呉れた。彼はその夜また泊っていったが、例のようにぶすっとして余り口をきかず、蓬臭い莨をふかしては、怖いような眼で部屋の中を見まわしていた。――松造は明くる朝まだうす暗いうちに去ったが、こんども小銭を幾らか置いて、怒ってでもいるように子供に飴でも買ってやれと云った。
「あの包はお持ちにならないんですか」
草鞋を穿いて出ようとするので、そう訊くと、彼はちょっと考えるようすだったが、やがて低い沈んだ調子で、おせんの問いとはまるで縁のないことを云った。
「人間は正直にしていても善いことがあるとはきまらないもんだけれども、悪ごすく立廻ったところで、そう善いことばかりもないものさ」
そして空いた袋や籠を括りつけた天秤棒を担ぎ、少し前跼みになってさっさと帰っていった。おせんは四五日のあいだ気がおちつかなかった、松造の言葉がなにを諷しているのかもわからないし、あんなに物を持って来て呉れる気持もわからない。