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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

「そんならなぜ」お勘も蒼くなった、「――それが本当ならなぜ独りでいるんだい、どうしてその人のところへ嫁にゆかないんだい」

「あたしは、あたしはそんなこと云っちゃいないわ、そして、そんなことはおばさんの知ったことじゃないじゃないの」

「どういうわけでその人はあんたを貰いに来ないの」お勘は平べったい顔をつきだし、眼をぎらぎらさせながら喚いた、「――その人は帰って来たんだろ、会って話もしたというじゃないか、それで嫁に貰わないってのはどういうわけさ、おまえさんのほうであいそづかしでもしたってのかい」

「あの人のことはあの人のことよ、あたしは自分のことを云ってるんだわ、あたしがちゃんと待っていたことを、この子はあたしの子じゃ……」

おせんの舌はとつぜんそこで停った。幸太郎の悲鳴のような泣きごえが耳に突入り、縋りついている幼い手の、けんめいな力が彼女をよびさましたかのようだ。とりまいている群衆の眼にきづいた、お勘はますます喚きたてる。自分はなにをしたのだろう。なんというばかな恥ずかしいことを、――おせんはがたがた震えながら、幸太郎を抱いて歩きだした。そこにいる限りの人がおせんを眺め、嘲りと卑しめの言葉をその背へ投げた。