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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
――おもんの来なくなった代りのように、松造が六七日おいては泊りに来た。自分の畑のものばかりでなく、問屋から頼まれて定期的に荷を入れることになったのだという。そしておせんにも必ず幾いろかの野菜と、米や麦などを持って来るのだった。相変らずぶすっとして、あまり口もきかず莨ばかりふかしている、ときに幸太郎を抱いたりしても、なにやらぶきようで自分で当惑するという風であった。……おせんはすなおにその親切を受けた、口にだしては礼もよく云わなかったが、彼のほうでも遠慮のない調子で着て来た物の縫いつくろいを頼んだり、喰べ物の好みなども云うようになった。近所の口がうるさくなったのは当然であろう、おもんでさえ「旦那か」などと云ったくらいで、なにも知らぬ者からみればあたりまえの関係でないと思うのが自然である。しかし、おせんはもうびくともしなかった、お地蔵さまの前で受けたような辱しめのあとでは、そんな蔭口や誹謗くらいなんでもないことだ。それで気が済むのなら云いたいだけ云うがいい、そういった幾らか昂然とした気持で、どの家の前をも臆せずに通った。
花も見ずに三月も過ぎ、四月、五月と日が経っていった。