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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
松造との話で、七月の命日には勘十夫妻の供養をし、墓石へ名を入れようということになっていた。そのまえ三月の中旬ころに松造が友助から聞いて本所四つ目にある宗念寺という寺を訪ね、そこに勘十の家の墓があるのを慥かめて来た。そのときいちおう経をあげ、夫妻の戒名をつけて貰ったので、おせんは古道具の店からではあるが小さな仏壇を買い、二人の戒名をおさめて、朝夕、水と線香を絶やさなかったのである。――命日といっても死んだ日がはっきりしないので、とにかく水の出た三日をその日ということにきめた。その前日の二日に、松造は妻のおいくと七つばかりになる女の子を伴れて来た。おいくは、背丈の低い固肥りの躯つきで、抜けあがった額から頬が赤くてらてら光っていた。良人に似たものか、どうか、こちらで気まずくなるほどの無口だが、子供を叱るときは吃驚するほど邪見な早口で、しかもひそかにすばやく手足のどこかを捻ったりするようすは怖いようだった。……松造が自分のことをどう云ってあるか、またこれまでして貰っていることの礼を云っていいか、どうか、おせんにはちょっと見当がつきかねたので、向うが口をきかないのを幸い当らず触らずの挨拶をして済ませた。