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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
たぶん遠いところで同じ土地の者に会ったなつかしさと、手紙を内証で渡したさについ頼んだものに違いない。そう考えたものの、おせんにはなにかよくないことが起こりそうに思え、どうしても不安な気持をうち消すことができなかった。
その夜お祖父さんが寝てから、おせんは行燈の火を暗くして手紙を読んだ。それはごく短いものだった。道中なにごともなく大阪へ着いたこと、道修町というところの建具屋へひとまず草鞋をぬぎ、いまその世話で或る普請場へかよっていること、江戸とは違って人情は冷たいが、詰らぬ義理やみえはりがなく、どんなに倹約な暮しでもできることなど簡単に記してあり、終りに「手紙の遣り取りなどすると心がぐらつくから当分は便りをしない。そちらからも呉れるな」ということが書いてあった。おせんは飽きるまで読み返した。もちろん、仮名ばかりだし、云いたいことの半分も表わせない、もどかしさの感じられる筆つきだったが、読むうちに異郷の空の寒ざむとした色がみえ、暗い街筋や橋や、乾いた風の吹きわたる埃立った道などが眼にうかんだ、そしてそういう風景のなかで、知り人もなく友もない彼が、たったひとり道具箱を肩にして道をゆき、どこかの暗い部屋の中でひっそりと冷たい食事をする、そういう姿が哀しい歌かなにかのように想像されるのであった。