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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
「お家が動くんじゃないね、お舟が動くからそう見えるんだね、かあちゃん」
こう云った。おいくはするどい調子でよけいなことを云うんじゃないと叱りつけ、怒ってでもいるようにぐっとそっぽを向いた。
――この家族も単純ではない、おせんは溜息をつくような気持でそう思った。まだ初対面で深いことはわからないが、夫婦のあいだも親子のあいだもしっくりいっていないようだ、良人であり妻であり子であるのに、それが一つにならないでばらばらに離れている。どうかすると、他人よりも冷たいようすが感じられる、松造が自分に親切をつくして呉れるのも、そんなところに動機の一半があるのではなかろうか。……北辻橋で舟をあがるまで、おせんはそうして鬱陶しいもの思いにとらわれていた。
宗念寺で法会をしたあと、すぐ近くにある支度茶屋で早めの食事をした。まわりは青々とうちわたした稲田や林が多く、武家の下屋敷らしい建物が、ところどころにあるばかりで、どんな片田舎へ来たかと疑われるほど、鄙びた景色であった。おせんにはもちろん、幸太郎はたいそうなよろこびようで、ねえたんねえたんとお鶴にまつわりついては、外へ遊びにつれてゆけとせがんだ。