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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

……毎日かよい続けて七日めかの昏れ方のことだ、いつものように山形屋のまわりを歩いていると、寺町のほうから来る庄吉に出会った。法事にでもいって来たものか、無地の紋の付いた着物で袴をはいていた、そばに若い女がいっしょだった、まだ、むすめむすめした、小柄の愛くるしい顔だちで、眉の剃跡の青いのがいかにも初妻という感じである。おそらくそれが加代というひとであろう。庄吉になにか云って微笑するのを、おせんははっきりと見た。匂やかに、ややなまめいた微笑であった、柔らかそうな唇のあいだから黒く染めた歯のちらと覗くのを、おせんは痛いほどはっきりと見たのである。――二人はおせんの前を通っていった、庄吉は眼も動かさなかった、そこにいるのが木か石ででもあるように、まったく無関心に通りすぎ、やがて山形屋の格子戸の中へはいっていった。

「――庄さん、……庄さん」

おせんは口のなかでそっと呟いた。それからふらふらと寺町のほうへ歩きだした、――苦しい、頭が灼かれるようである、非常に重い物で前後から胸を圧しつぶされそうだ。

「――庄さん、……庄さん」

とつぜんおせんは立停って、道のまん中へ跼んで嘔吐した。