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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

そんな風にしみじみと繰り返し云った。少しも誇張のない、すなおな諦めのこもった調子である。――死ぬなどと云ってはいけない、治って貰おうと思えばこそ出来ないながらしてあげるので、石にかじりついても治って呉れなければ。おせんがそう云うと、きれいに澄んだ眼で頷きはするが、心ではもう自分の死ぬこと、それは間もなくだということを知っていたようである。

「わたしずいぶん苦労したわ、思いだすと今でも身ぶるいの出るような、苦しい、みじめなことがあったわ、――でもこれでようやくおしまいになるの、死ぬことは楽になることだわ、あの世というところは静かで、いつもきれいな光があたりを照らし、いろいろな花がいっぱい咲いているように思うの、そこへゆけばもう憎むことも騙すこともない、なにもかも忘れて悠くり休むことが出来る、決してもう苦しんだり悲しんだりすることはないの、……あなたにわかるかしら、おせんちゃん、あたし待ち遠しいくらいなのよ」

おもんが亡くなったのは十月下旬の、すさまじく野分の吹きわたる夜だった。彼女はおせんを枕許に坐らせ、その手を握って、じっとなにかを待つようにみえた。