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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

「あたしおせんちゃんを護っていてよ、おせんちゃんと幸坊が仕合せになるように、あの世からきっと護っていてよ、――お世話になって済まなかったわね、ごめんなさいね」

風は雨戸を揺すり屋根を叩いた。おもんは暫くしてふっと眼をあき、戸口のほうを見やりながらはっきりと云った。

「表をあけてよ、おせんちゃん、誰かあたしを迎えに来ているじゃないの」

それから半刻ほどのちにおもんは死んだ。

振返ってみるとそのときからおせんの新しい日が始まっているようだ。おもんの葬いを済ましてから後のおせんは、もうそのまえの彼女ではなかった。世を憚ったり怖れたりするいじけた気持もなくなり、「生きよう」という心の張とちからが出てきた。――なに怖れたり憚ることがあろう、こんどは誰に向ってもはっきり云えるのだ、ええこの子はあたしの産んだ子です。この子の父親は幸太というひとです、あたしは良人の遺したこの子をりっぱに育ててみせます。……そうだ、おせんの新しい日はそこから始まったのである。その年の暮にせまってから、松造の好意をうけて八百屋の店をひらいた。まえにも云ったようなわけで近所とはつきあいがないから、そんな店を出しても商売にはなるまいと云ったが、松造は例のぶあいそな口ぶりで、なによその半値で売れば必ずお客がつく、近所の者より隣り町から買いに来るから