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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
おせんもその二三種を買い、仮名を拾いながら読んでみたが、どれもこれも公儀を憚って時代や人名を変えてあるし、まるっきり作りごとのようで、心をうつものは無かった。……こうして夏になった、六月はじめの或る日、お針の稽古を終って帰って来ると、源六が昼食のしたくをして待っていた。
「さっき状がまわって来て、きょう茶屋町の伊賀屋でなかまの寄合があるというんだ、飯をたべたらちょっといって来るからな」
「帰りはおそくなるんですか」
「ながくったって昏れるまでには帰れるだろう、台所に泥鰌が買ってあるから、晩飯にはあれで味噌汁を拵えておいて呉んな」
「あら泥鰌があったんですか、それじゃあお酒も買っておきましょうね」
「酒は寄合で出るだろうが」
「でも初ものだから無くっては淋しいでしょう」
話しながら食事を終ると、源六は着替えをして出ていった。久しぶりで店があいたので、おせんは一刻もかかって掃除をし、床板の隅ずみまで丹念に拭きあげた。それから酒を買って来て、火をおこし、笹がき牛蒡を作って泥鰌を鍋に入れ、酒で酔わせて、味噌汁にしかけてから、坐って縫物をとりひろげた。……昼のうちは風があって凌ぎよかったが、日の傾きだす頃からぱったりと風がおち、昏れかかると共にひどく蒸しはじめた。