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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
そして、ふしぎなものでも見るように、まじまじとおせんの顔を見つめていたが、やがて慄然としたように身を震わせた、「……おせんちゃん、おまえもう誰か、誰かほかに、――ああそうだったのか」
おせんは頷いた、自分でもびっくりするほどの勇気を以て、しずかに、むしろ誇りかに頷いた、そして立っていって、二つの紙包を持って来て、幸太の前へさしだした。それはお蝶と幸太の持って来た見舞いの金である。菓子や薬はとにかく、金に手をつけてはいけないと思い、そのまま納って置いたものだった。
「ほかの物はうれしく頂きました、でもお金だけは頂けませんから、おばさんにもどうぞ気を悪くなさらないようにと云って下さいな」
「……あばよ」幸太は二つの包を持って立った、「あばよ、おせんちゃん」
そして出ていった。
明くる日、おせんは裏の魚屋の女房に来て貰って、これからなにをしていったらいいかということを相談した。おらくは笑って、だってあんたには、杉田屋という後ろ盾がついているじゃあないか、なにもそんな心配をしなくったって困るようなことはありゃしないよ、と云った。もちろん悪気などは少しもない女で、ごく単純にそう信じていたものらしい、おせんがあらまし事情を話すとすぐ納得した。