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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
まだ流行するまでにはなっていないので、仕事の数はそうたくさんはないが、手間賃がかなりよかったし、家にいてできることがなによりだった。足袋は革と木綿と二種あった。木綿は近年ひろまりだしたもので、穿きぐあいも値段も恰好なのだが、木綿よりは丈夫であり温かいので、一般にはまだ革を用いることが旺んだった。おせんの受取る仕事も、革のほうがむつかしかった。なにしろ熊の皮を鞣して、型を置いたり染めたりしたものなので、針が通りにくく、すぐ指を傷つけたり針を折ったりする。然しそれだけ手間賃も高いから、馴れてくれば革足袋のほうが稼ぎが多くやり甲斐があった。
七月のなかば頃から源六はぼつぼつ起きはじめた。左の半身はやっぱり不自由で、手も足も、そっちだけは満足に動かせず、舌のもつれもなかなかとれなかった。十五日の中元には荷葉飯を炊き、刺し鯖を付けるのが習わしである、おせんも久しぶりに庖丁を持って鯖を作り、膳には酒をつけた。医者から量さえ過さなければ呑むほうがよいと云われていたのだが、源六は要心ぶかくなって、それまで盃を手にしなかったのである。
「久しいもんだが、はらわたへしみとおるようだ」