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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
「どうも有難う、そうするわおばさん」
「いざとなったらお祖父さんはうちが負ってゆかあね、それは心配はいらないからね」
おらくが去るとすぐ、おせんは手早く着替えをし、すぐ要ると思える物を集めて包を拵えた。江戸には火事が多いので、ふだんから心の用意はできている、荷物はできるだけ少なくとか、米はどんなにしても二日分くらい持つとか、飯椀に箸は欠かせないとか、切傷、火傷、毒消し薬などを忘れるなとか、みんな常づね口伝のように戒め合い、いざというときまごつかないだけの手順はつけてあるのだった。……包が出来ると、お祖父さんに起きて貰い、布子を二枚重ねた上から綿入半纏をさらに二枚着せ、頭巾を冠らせた。このあいだにも表の人ごえは段だん高くなり、手荒く雨戸を繰る音や、荷車を曳きだすけたたましい響きが起こったりした。
「もう支度はできたかえ」おらくがそう云って入って来た、「……慌てなくってもいいんだよ、また少し風が変って、火先が西へ向ってるからね、こっちはたぶん大丈夫だろうって、うちじゃあいま馬喰町のおとくいへ見舞いに出ていったよ」
「でもさっきよりかがりが大きくなったようじゃないの、おばさん」