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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
上り框へ、出ていったおせんは、夜空を見やりながら、それでもややおちついた声でそう云った、「……厭だわねえ地震のあとでまた火事だなんて」
「お江戸の名物だもの、風が吹けばじゃんとくるにきまっているのさ、それにしてもれっきとしたお上があって、知恵才覚のある人もたくさんいるんだろうに、なんとか小さいうちに消すくふうはないもんかねえ、番たび百軒二百軒と焼けるんじゃあもったいないはなしじゃあないか」
「あらおばさん」おせんは急に身をのり出した、「……こっちのほうが明るくなったけれど、どこかへ飛び火がしたんじゃあないかしら」
「あらほんとうだね、おまけに近そうじゃないか」
おらくはあたふたと外へ出た。たしかに飛び火らしい、元の火先は西へ靡いているのに、それとは方角の違う然もずっとこちらへ寄ったところに、新しい橙色の明りが立ちはじめた。……通りには包を背負い、子供の手をひいた人びとの往来がしだいに繁くなったが、その人たちの顔が見えるほど、空は赤あかと焦がされていた。家を見て来ると云っておらくが去ると、おせんは勝手へいって水を飲み、どうしようかと考え惑った。足の不自由なお祖父さんを、伴れてゆくには、あまりさし迫らないうちのほうが安全だ、然しよく話に聞くことだが、へたに逃げると却って火に囲まれてしまう、立退くなら火の風の向きを