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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
「おまえゆきな、おせん」と、源六は仏壇の前へ坐った、「……ここは焼けやあしない、おれにはわかってるんだ、ここは大丈夫だ、けれども万に一つということがあるからな、おまえだけは暫くどこかへいっているがいい」
「そんなことを云って、お祖父さんを置いてゆけると思うの、あたしを困らせないで」
「人間には定命というものがあるんだ。おせん」源六はしずかに笑った、「……どんなに逃げたって定命から逃げるわけにはいかない、おれはじたばたするのは嫌いなんだ」
「それじゃあ、あたしもここにいてよ」
「ばかなことを云っちゃあいけない、おれとおまえとは違う、おまえはまだ若いんだ、おまえは、これから生きる人間なんだ、若さというものは、時に定命をひっくり返すこともできる、七十にもなれば、もうじたばたしても追っつかないが、おまえの年ごろにはやるだけやってみなくちゃあいけない、どん詰りまでもういけないというところから三段も五段もやってみるんだ、おせん、おれのことは構わずにゆきな、半刻もすればまた会えるんだから」
「お祖父さん」
おせんはお祖父さんの膝へ縋りついた。そのとき表から、「爺さん」と叫びながらとび込んで来た者があった。