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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
幸太はそっちへ戻ろうと思った、然し道いっぱい怒濤のように押して来る人の群を見ると、そのなかをゆくことがいかに不可能であるかすぐにわかった。彼は背負った源六を思い、左手に縋っているおせんを思った、――やっぱり本所へゆこう、おなじ火をくぐるなら、ゆき着いた先の安全なほうがいい。そう心をきめて歩きだした。
浅草橋まであとひと跨ぎというところまで来た。湯島のほうから延びて来る火は、もう佐久間町あたりの大名屋敷を焼きはじめたとみえ、横さまに吹きつける風は燻されたように、煙と熱気に充ちていた。おせんは絶えず幸太の背中にいるお祖父さんに話しかけ、元気をつけたり、励ましたりしていたが、このとき人の動きが止って、前のほうから逆に、押し戻して来るのに気がついた。
「押しちゃあだめだ、戻れもどれ」
「どうしたんだ先へゆかないのか」
「御門が閉った」
そんな声が前のほうから聞え、まるで堰止められた洪水が逆流するかのように、犇ひしと押詰めた群衆がうしろへと崩れて来た。おせんは幸太の腕へ両手でしがみついた。
「幸さん御門が閉ったんですって」
「そんなことはないよ」彼は頭を振った、「……なにかの間違いだ、この人数を抛って門を閉めるなんて、そんなばかなことが」