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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
ずいぶん勝手だけれど堪忍して、うしろからお祖父さんを負わせながら、おせんは心のうちで幸太にそう詫びを云った。
「よかったらゆくぜ、おせんちゃん」
「あたしはこれを持てばいいの、ああいけない火桶に火がいけてあったわ」
「いけてあれば大丈夫だ、そんなものはいいよ」
それでもと云っておせんは手早く火の始末をし、幸太といっしょに家を出た。……大通りは人で揉み返していた、浅草のほうはいちめんの火で、もうそのあたりまできな臭い煙がいっぱいだった。幸太はちょっと迷った、西を見ると駿河台から延びて来た火が、向う柳原あたりまでかかっているようだ、北は湯島を焼いたのが片方は上野から片方は神田川にかけて燃え弘がっている。そして浅草のほうも火だ、つまり隅田川に向って三方から火が延びているのである。
「おうまやの渡しから向うは大丈夫だ」
そう云っている男があったので、幸太はその男をつかまえて訊いた、「たしかだとも」と、軽子らしいその男はいきごんだ調子で云った、「おれは駒形の者だ、おふくろが神田にいるんでゆくところだが、焼けているのはお厩の渡しからこっちで、あれから向うは、煙も立っちゃあいない、逃げるんならあっちだ」