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やなぎばしものがたり

柳橋物語

山本 周五郎

前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页

青空文庫

「お帰んなさい、いま湯を取りますよ」

台所でこう答えるこえがし、すぐ障子をあけて、湯気の立つ手桶を持って女房が出て来た。二十八九になる小肥りの働き者らしいからだつきで、頬の赤いまるまるした顔に、思い遣りのふかそうな眼をもっている。小さな髷に結った髪もきっちり緊まっておくれ毛ひとつないし、衿に掛けた手拭もあざやかに白い、手始末のいいきびきびした性質が、それらのすべてにあらわれていた。

「しようがねえ、この寒さにまた出て並んでるんだ」勘さんは足を洗いながら云った。

「――欠け丼のひとつも持つならいいが、手ぶらで並んでてどうするつもりかさ、可哀そうに赤ん坊が泣きひいってたぜ」

「友さんのところへ乳を貰いにいっといでって出してやったんだよ、そこからいっちまったんだねきっと、あらまあ頭からこんなに濡れてるじゃないか、持ってった傘をどうしたろう」

「いいからあげてやんなよ、傘は友助んとこへでも忘れて来たんだろう、ああ人ごこちがついたら腹が減ってきた、早いとこそいつを温ためて貰うべえ」

「あいよ、さあおまえお掛けな、足を拭いてあげるから」

お常は残った湯で雑巾を絞り、おせんを上り框に掛けさせて、泥にまみれ、凍えて紫色に腫れた足を手ばしこく拭いてやった。