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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
――それから毎日、赤児を負ってはよく歩きまわった。誰かに呼ばれているような、誰かを捜さなければならないような気持で、ときには上野から湯島あたりまでうろうろしたこともある。しかし大川のほうへは決してゆかなかった、そこはひじょうに怖ろしい、遠くからちらと水を見るだけでも、身の竦むような恐怖におそわれるのである、理由はわからないが本能的にそっちへゆくことは避けた。……歩きまわることがやまると施粥を貰う行列に並びだした。お粥は勘さんが貰って呉れるので、むろんそのために並ぶのではない、そこには大勢の人がいた、いつも違った顔を見、違った話が聞ける、そこにいれば自分の捜すものがみつかるかもしれない、また自分を呼んでいる者にゆき会えるかもしれない、そういう漠然とした期待に唆られるからであった。
――あの晩の火事は二カ所から出たんだってよ、一つは本郷追分から谷中までひと舐めさ、こっちはおめえ小石川から出たやつが上野へぬけてよ、北風になったもんで湯島から筋違橋、向う柳原、浅草は瓦町から茅町、その一方は駿河台へ延びて神田を焼きさ、伝馬町から小舟町、堀留、小網町、またこっちのやつは大川を本所に飛んで回向院あたりから深川永代橋まできれえにいかれちゃった、両国橋あたりじゃ焼け死んだり川へとびこんで溺れたりした者がたいへんな数だって