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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
云うぜ。
そんな話もその行列の中で聞いた。
――聖堂も湯島天神も焼けちゃったからな。
――回向院の一言観音の御本尊は山門におさめてあったものさ、ところが十一月はじめのある夜、観音さまが住持の夢枕に立って、ここでは悪いからおろせと仰しゃる、そこで本堂へ移すと、二十二日の地震よ、山門は倒れてめちゃめちゃだ、追っかけて二十九日の大火に回向院はあのとおりさ、げんあらたかだてえんでいまたいそうな参詣人だそうだ。
――地震のあとで火事、おまけに今年は凶作だというから、火を逃れても餓え死をする者がだいぶ出るぜ。
そういう話もたびたび聞いたのである。殊に関東八州の凶作はあらゆる人々の懸念のたねで、相当の餓死者が出るだろうということは耳の痛くなるほど聞かされた。けれどそういうきびしい話も、その頃のおせんにとってはまるで縁のない余所ごとのようなものであった。
勘さんは勘十といって向う両国に住んでいた。そこで煎餅屋をしていたのであるが、あの夜の火で焼けだされた。そのとき妻の妹を死なせたそうであるが、その始末もせずに勘さんは下総の古河へとんでいった。そこには妻の実家が百姓をしている、彼はその家へいって藁や繩や蓆や空俵などを多量に買い入れ、舟と車とですぐ送る手筈をきめて帰った。