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やなぎばしものがたり
柳橋物語
山本 周五郎
前編「椿 創刊号」山本周五郎一人雑誌、1946(昭和21)年7月<br>中・後編「新青年」1949(昭和24)年1月~3月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 104,300 字 · 202 页
ひじょうに驚くとか、ながく一つことを思いつめるとかすると、あたまが混沌となって数日のあいだ意識が昏んでしまう、そしてその期間にはまたあの怖ろしい火焔や、煙に巻かれて苦しむ人の姿がみえ、哀しい訴えるような声が聞えるのであった。
赤児は丈夫に育っていった。肥えてはいないが肉付きの緊まった、骨のしっかりしたからだつきでお常のみたところでは百日前後らしかった。乳は梶平の帳場をしている友助の妻のを貰った、ちょうど同じ月数くらいの子があり、絞って捨てるほどよく出る乳だった。住居も二町ばかりしか離れていないで、日になんども通うのにも都合がよかった。夜なかの分は片口に絞って置いて呉れる、それを温めたり水飴を溶いたりして与えた。――初めはそばから教えられるままに、なんの感情もなくやっていたのであるが、毎日そうして肌を離さず世話をしているうち、しぜんに愛情が移ったのであろう、泣き方で空腹なのかおむつが汚れたのかわかるようになったし、添寝をしていて少し動くと、眠ったまま背を叩いたり夜具を掻き寄せたりするようにもなった。年を越すと赤児は笑い顔をしはじめ、ときにはなにか話でもするような声をだした。