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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

「時事新報」1944(昭和19)年1月1日~7日、1月9日~2月25日、3月1日~3月5日、3月7日~3月8日、3月11日~3月15日、3月18日~3月21日、3月25日、3月27日~3月29日、4月1日~4月3日、4月7日~4月11日、4月15日~4月19日、4月24日~5月4日、5月6日~5月9日、5月13日~5月17日、5月20日、5月22日~5月24日、5月27日~5月31日、6月3日~6月8日、6月12日~6月17日、6月19日~6月22日、6月24日~6月26日、6月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 页

青空文庫

これがほんとうの生き方だとは思えませんけれど、こゝにも人間の真実のすがたがあること、知識や道徳や趣味やをふりまわす世界にくらべて、ちつとも恥ずかしくない世界、勇気と自由との世界がこゝにあることを知りました。こんなことを申すと奥さまはおおどろきになるかも知れませんが、学校の教員室の空気よりは、このインチキ・カフエーの空気の方がずつと健康で、厳粛なところがあるように思われます。人間と人間との心のふれあいにそれが見られます。野卑な言葉や、無軌道な行動がむろんそこにはございますけれども、それはたいはいとか自暴自棄とかいう部類にぞくするとしても、決して、人間が人間でなくなつている姿ではございません。わたくしは、あの思想の皮が甲らのように厚くなり、虚栄心がこぶのようにふくらみ、保身の触角が釣竿のようにふるえているお化けの世界が、どんなに人の精神をむしばみ、笑うにも笑えないこつけいをふりまいているかを思いだしてぞつとしております。

こゝでわたくしはいくたりかのお友だちをひろいました。

その一人についてお話をすれば、ある晩ひよつこりはいつて来たお客で、もうずいぶん酔つているふうでしたが、またお酒を注文して、隅のテーブルでちびり/\飲んでいる若い男がございました。