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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

「時事新報」1944(昭和19)年1月1日~7日、1月9日~2月25日、3月1日~3月5日、3月7日~3月8日、3月11日~3月15日、3月18日~3月21日、3月25日、3月27日~3月29日、4月1日~4月3日、4月7日~4月11日、4月15日~4月19日、4月24日~5月4日、5月6日~5月9日、5月13日~5月17日、5月20日、5月22日~5月24日、5月27日~5月31日、6月3日~6月8日、6月12日~6月17日、6月19日~6月22日、6月24日~6月26日、6月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 页

青空文庫

時どきうしろを振り返り、まともに日を受けてまぶしそうな眼つきを、そのまゝこつちへ向ける市ノ瀬牧人の顔を、康子はしげ/\とながめていた。それは、なんの感情も示さず、たゞ無心に目的地を目ざして舟を進める男の顔であつたが、彼女は、だん/\その顔から眼をそらさないわけにいかなかつた。

舟はもう岸に近づいていた。そこはアシの茂つた川口のようなところで、軒ばたに投げ網を干した家が一二軒、木立のなかにみえていた。

市ノ瀬牧人は、こぐ手をゆるめた。ボートがアシのすき間をする/\と滑つて行くと、川岸がそのまゝ細い道になり、道ぞいに石を積んだ舟着き場ができていた。

と、そこからいくらも離れていない、茶店風の家の薄暗い土間から、一人の若い女の姿があらわれた。北原ミユキである。

「ようこそ……。お待ちしてましたわ。たぶん舟でいらつしやるだろうと思つて……。だつて、市ノ瀬さんがごいつしよなら、それくらいのことはねえ……」

と、彼女は、機敏にボートのふちへ手をかけて岸へ引き寄せる。

「あらまあ、合い図かなんかしてあるみたい……。でも、こゝからが大変なんでしよう」

井出康子は、岸へ飛びうつりながら言つた。