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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

「時事新報」1944(昭和19)年1月1日~7日、1月9日~2月25日、3月1日~3月5日、3月7日~3月8日、3月11日~3月15日、3月18日~3月21日、3月25日、3月27日~3月29日、4月1日~4月3日、4月7日~4月11日、4月15日~4月19日、4月24日~5月4日、5月6日~5月9日、5月13日~5月17日、5月20日、5月22日~5月24日、5月27日~5月31日、6月3日~6月8日、6月12日~6月17日、6月19日~6月22日、6月24日~6月26日、6月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 页

青空文庫

「元気をだすのよ。男のくせにそんな顔してるとヒデちやんに笑われてよ」

彼女はあてもなく、こゝへ来たわけではない。しかし、そうかといつて、たしかなあてがあるわけでもなかつた。もうこれ以上じつとしていられないという、切羽つまつた気持で、どこか遠い、それこそまるでちがつた世界へ飛びこんで行こうという気になり、子供のことを考えると、自分ひとりの身の始末だけではすまず、たま/\中園三郎のことが頭に浮び、いつそのこと、彼のところへ黙つて押しかけて行つてみようと、つい思いたつてしまつたのである。それは、じつさい、ふらふらとそういう気になつたのであつて、彼女自身としては、中園という男のどこかに心ひかれてそうなつたのか、または、彼の現在の生活――話に聞いただけではあるが、いわゆる無人島に流れついたと思えば間違いないというような原始的な風物と、そのなかの荒々しい生活――が、彼女の好奇心をそゝつたのか、そのへんのところはまだはつきりしないのであるが、ともかく、小さな息子の手を引いて、着のみ着のまゝといつてもよい女一人が、いきなりぶつかつて行く場所としては、なにかそこには、さほど無謀とも考えられない条件がそなわつていたのである。