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ひのとびら

火の扉

岸田 国士

「時事新報」1944(昭和19)年1月1日~7日、1月9日~2月25日、3月1日~3月5日、3月7日~3月8日、3月11日~3月15日、3月18日~3月21日、3月25日、3月27日~3月29日、4月1日~4月3日、4月7日~4月11日、4月15日~4月19日、4月24日~5月4日、5月6日~5月9日、5月13日~5月17日、5月20日、5月22日~5月24日、5月27日~5月31日、6月3日~6月8日、6月12日~6月17日、6月19日~6月22日、6月24日~6月26日、6月28日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,467 字 · 257 页

青空文庫

の名が叫ばれていた。

田辺の町へは昨夜おそく着いて、船はもう沖へはいつていることをたしかめ、夜の明ける前にさん橋のたもとに立つていた。検疫でしばらく暇がかゝることを告げ知らされたのは、昼近くであつた。用意して来た握り飯をひとつたべた。それから町をぶら/\歩いた。墓地のそばを通りかゝつた時、ふと新しい墓標に戦死者の名があざやかに記されてあるのが目についた。――あゝ、そうだ、と、彼女はとつさに思いついた。葬儀屋をさがした。店の主人のいぶかるのもおかまいなく、自分で筆を借りて一枚の卒塔婆へ「旭一三六二四部隊云々」と書き、拾円札二枚を投げ出すようにおいて、飛び出して来た。

が、その効き目もついになさそうである。

日が暮れようとしていた。

さん橋には人影はまばらである。

見張りの警官に、――もうこれで全部上陸したのかとたずねてみたが、「わからん」という返事である。

復員者相談所というのへ行つてみる。倉庫の一部を事務所風にした建物であつた。事務所に続いた広い板敷の部屋にはまだうよ/\人影が動いていた。隅々にはじつと動かぬひとかたまりもみえた。一種異様の臭気が鼻をついた。