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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

……あれは皆、おまえのしたことではあるまい。な! 郁次郎」

「父上ッ……」

「む。……言え。明らかに、その冤罪なることをここで言ってくれ」

「駄目です! やっぱり、私が殺したに相違ないんです」

「な、なんだと!」

老先生は、脳心を、打ちのめされたように蹌いて、

「これッ、そちは、狂気いたしたか。長崎で立派に医術の修業を習得して、江戸には、新築の養生所や、やさしい花嫁や、この父や、人間のあらゆる幸福が待っておるのに、それを捨てて、益もない、悪事に走るはずはない。何かの誤解だろう、さ、この誤解を解け、ほんとのことを言ってくれ」

「父上、もう、おたずね下さいまするな。不孝の子を、獄門へ、送って下さい」

「馬鹿ッ、馬鹿。貴様はどうしてそんなばか者になったのだ。今、ほんとの事を言わなければ、後になって、いくら父の名を呼んでも及ばないぞ」

「もう……覚悟をいたしております」

「ええ、親の心子知らず、わしは気が狂いそうだ。まったく、自分の所為だと申すのか」

「すべて、羅門殿と東儀殿へ、申し上げたとおりでございます」

「あ、あ……」

と、老先生は、頭をかかえて、よろよろと、獄壁へ倒れかかった。