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ろうごくのはなよめ

牢獄の花嫁

吉川 英治

「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页

青空文庫

そのまに、新七は、舟を見つけて、先に乗る。――耀蔵のからだも、まるい物体のように縛りつけられて、その中に、運びこまれた。

「何か、物を落してゆくなよ。血は、こぼれていやしめえな。……おう、いけねえ、こんな所に、十手が落ちていやがる。こんな物も、後のあしにならねえように、気をくばって、一緒に、沈めてしまえよ」

「じゃ、お首頭、そのうちに」

「む」

と、覆面は、うなずきながら、出てゆく舟を見送っていたが、また、岸を追いかけて、

「忘れていた。――おうい」

「なんですか」

河のなかで、新七が答えた。

覆面は、橋を渡って、その中ほどの欄干から、下をのぞいて、舟が、潜りぬけて来るところへ、低声で言った――

「四、五町先へ行ったら、櫓をゆるめて、玉枝を、拾い上げてやってくれ。あいつ、蟹みてえに、石垣の穴でも見つけて、寒がっているにちげえねえ」

――重くるしい寂寞。夜靄の丑満。

櫓韻は、ぎい、ぎい、とやがて遠く河下へ消えて行った。

「や。もう七刻だ」

覆面は、ふと、耳をすました。

鐘の音が消えた空に、五位鷺が、つばさを搏った。――深夜の感じは、刻々、明け方ぢかい空気に変ってくる。