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ろうごくのはなよめ
牢獄の花嫁
吉川 英治
「キング」大日本雄辯會講談社、1931(昭和6)年1月~12月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 162,213 字 · 325 页
「いや、正確な図取を写しておきましたゆえ、そのご懸念には及びませぬ」
「あ、そうか。……どれ、その図面をこれへ」
と塔十郎は、写しを取り寄せて、仔細に室内の器物の位置や血痕などを見くらべて、
「三井の通い番頭とかいう隣家の夫婦者は、無論、禁足を申しつけてありましょうな」
東儀与力は、自分の手落ちを意識したように、
「いやまだそれは」
と、軽い狼狽を見せた。
「隣家の夫婦者に足どめを命じておかれぬのはご不覚であった」
と、塔十郎は一本釘を刺して、
「留守かも知れぬが、いたらば、主人でも女房の方でもよろしいが、すぐにこれへ呼んで戴きたい」
「承知いたしました」
と、東儀はうしろを向いて、
「八弥、ご苦労だが」と、顎を拯う。
「はっ」
と、波越八弥はすぐに塀隣りの隣家へ行って、やがて、ひとりの年増女を連れて戻って来た。女は薄い髪の毛を櫛巻にしていた。美人という程ではないが、ふだん着のままでいても、ちょっと魅力のある顔容で、どこか世間馴れた風があった。
羅門塔十郎は、庭先へ膝をついた彼女をじろりと一眄しながら、
「おまえか、隣家の女房は」
と、縁へ腰をおろした。
「はい、お蔦と申しまする」