Japanische Klassiker mit Furigana
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みみずのたわこと
みみずのたはこと
徳冨 健次郎
Lesen Sie みみずのたはこと (みみずのたわこと) von 徳冨 健次郎 (とくとみけんじろう) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 265.437 Zeichen · 530 Bildschirme
美的百姓
自然は一大浄化場である。自ら神心に叶う農の不浄観について、我等は学ぶ所なくてはならぬ。
生命は共通である。潔癖は吾儘者の鄙吝な高慢である。
美的百姓
彼は美的百姓である。彼の百姓は趣味の百姓で、生活の百姓では無い。然し趣味に生活する者の趣味の為の仕事だから、生活の為と云うてもよい。
北米の大説教家ビーチアルは、曾て数塊の馬鈴薯を人に饗して曰くだ、此は吾輩の手作だ、而して一塊一弗はかゝって居るのだ、折角食ってくれ玉えと。美的百姓は憚りながらビーチアル先生よりも上手だ。然し何事にも不熱心の彼には、到底那須野に稗を作った乃木さん程の上手な百姓は出来ぬ。川柳氏歌うて曰く、釣れますか、などと文王傍へ寄り、と。美的百姓先生の百姓も、太公望の釣位なものだ。太公望は文王を釣り出した。美的百姓は趣味を掘り出さんとして手に豆をこさえる。
百姓として彼は終に落第である。彼は三升の蕎麦を蒔いて、二升の蕎麦を穫たことがある。彼が蒔く種子は、不思議に地に入って雪の如く消えて了う。彼が作る菜は多く苦い。彼が水瓜は九月彼岸前にならなければ食われない。彼が大根は二股三股はまだしも、正月の注連飾の様に螺旋状にひねくれ絡み合うたのや、章魚の様な不思議なものを造る。