일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

ja-reading.com

후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면

아오조라 문고

その十二

いわゆる津軽家の御乗出がこれである。五年十二月には南部家と共に永く東西蝦夷地を警衛することを命ぜられて、十万石に進み、従四位下に叙せられた。この津軽家の政務発展の時に当って、允成が啓沃の功も少くなかったらしい。

允成は文政五年八月朔に、五十九歳で致仕した。抽斎が十八歳の時である。次いで寧親も八年四月に退隠して、詩歌俳諧を銷遣の具とし、歌会には成島司直などを召し、詩会には允成を召すことになっていた。允成は天保二年六月からは、出羽国亀田の城主岩城伊予守隆喜に嫁した信順の姉もと姫に伺候し、同年八月からはまた信順の室欽姫附を兼ねた。八月十五日に隠居料三人扶持を給せられることになったのは、これらのためであろう。中一年置いて四年四月朔に、隠居料二人扶持を増して、五人扶持にせられた。

允成は天保八年十月二十六日に、七十四歳で歿した。寧親は四年前の天保四年六月十四日に、六十九歳で卒した。允成の妻縫は、文政七年七月朔に剃髪して寿松といい、十二年六月十四日に五十五歳で亡くなった。夫に先つこと八年である。

その十二

抽斎は文化二年十一月八日に、神田弁慶橋に生れたと保さんがいう。