후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
その八十九
この頃前に浦和県の官吏となった塩田良三が、権大属に陞って聴訟係をしていたが、優善を県令に薦めた。優善は八月十八日を以て浦和県出仕を命ぜられ、典獄になった。時に年三十六であった。
その八十九
専六は兵士との交が漸く深くなって、この年五月にはとうとう「於軍務局楽手稽古被仰付」という沙汰書を受けた。さて楽手の修行をしているうちに、十二月二十九日に山田源吾の養子になった。源吾は天保中津軽信順がいまだ致仕せざる時、側用人を勤めていたが、旨に忤って永の暇になった。しかし他家に仕えようという念もなく、商估の業をも好まぬので、家の菩提所なる本所中の郷の普賢寺の一房に居し、日ごとに街に出でて謡を歌って銭を乞うた。
この純然たる浪人生活が三十年ばかり続いたのに、源吾は刀剣、紋附の衣類、上下等を葛籠一つに収めて持っていた。
承昭はこの年源吾を召し還して、二十俵を給し、目見以下の士に列せしめ、本所横川邸の番人を命じた。然るに源吾は年老い身病んで久しく職におりがたいのを慮って、養子を求めた。
この時源吾の親戚に戸沢惟清というものがあって、専六をその養子に世話をした。戸沢は五百に説くに、山田の家世の本卑くなかったのと、東京勤の身を立つるに便なるとを以てし、またこういった。