일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.

しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면

아오조라 문고

その四十一

然るに貞固は少くも月に交際費百両を要した。しかもそれは平常の費である。吉原に火災があると、貞固は妓楼佐野槌へ、百両に熨斗を附けて持たせて遣らなくてはならなかった。また相方黛のむしんをも、折々は聴いて遣らなくてはならなかった。或る年の暮に、貞固が五百に私語したことがある。「姉えさん、察して下さい。正月が来るのに、わたしは実は褌一本買う銭もない。」

その四十一

均しくこれ津軽家の藩士で、柳島附の目附から、少しく貞固に遅れて留守居に転じたものがある。平井氏、名は俊章、字は伯民、小字は清太郎、通称は修理で、東堂と号した。文化十一年生で貞固よりは二つの年下である。平井の家は世禄二百石八人扶持なので、留守居になってから百石の補足を受けた。

貞固は好丈夫で威貌があった。東堂もまた風人に優れて、しかも温容親むべきものがあった。そこで世の人は津軽家の留守居は双璧だと称したそうである。

当時の留守居役所には、この二人の下に留守居下役杉浦多吉、留守居物書藤田徳太郎などがいた。杉浦は後喜左衛門といった人で、事務に諳錬した六十余の老人であった。藤田は維新後に潜と称した人で、当時まだ青年であった。