후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
その百九
おこうさんの妹おりゅうさんはかつて剞氏某に嫁し、後未亡人となって、浅草聖天横町の基督教会堂のコンシェルジェになっていた。基督教徒である。
保は枳園の訃を得た後、病のために新聞記者の業を罷め、遠江国周智郡犬居村百四十九番地に転籍した。保は病のために時々卒倒することがあったので、松山棟庵が勧めて都会の地を去らしめたのである。
その百九
抽斎歿後の第二十八年は明治十九年である。保は静岡安西一丁目南裏町十五番地に移り住んだ。私立静岡英学校の教頭になったからである。校主は藤波甚助という人で、雇外国人にはカッシデエ夫妻、カッキング夫人等がいた。当時の生徒で、今名を知られているものは山路愛山さんである。通称は弥吉、浅草堀田原、後には鳥越に住んだ幕府の天文方山路氏の裔で、元治元年に生れた。この年二十三歳であった。
十月十五日に保は旧幕臣静岡県士族佐野常三郎の女松を娶った。戸籍名は一である。保は三十歳、松は明治二年正月十六日生であるから十八歳であった。
小野富穀の子道悦が、この年八月に虎列拉を病んで歿した。道悦は天保七年八月朔に生れた。経書を萩原楽亭に、筆札を平井東堂に、医術を多紀庭と伊沢柏軒とに学んだ。