후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
その二
試みに看るが好い。一瞬の如くに過ぎ去った四十年足らずの月日を顧みた第一の句は、第二の薄才伸を以て妥に承けられるはずがない。伸るというのは反語でなくてはならない。老驥櫪に伏すれども、志千里にありという意がこの中に蔵せられている。第三もまた同じ事である。作者は天命に任せるとはいっているが、意を栄達に絶っているのではなさそうである。さて第四に至って、作者はその貧を患えずに、安楽を得ているといっている。これも反語であろうか。いや。そうではない。久しく修養を積んで、内に恃む所のある作者は、身を困苦の中に屈していて、志はいまだ伸びないでもそこに安楽を得ていたのであろう。
その二
抽斎はこの詩を作ってから三年の後、弘化元年に躋寿館の講師になった。躋寿館は明和二年に多紀玉池が佐久間町の天文台址に立てた医学校で、寛政三年に幕府の管轄に移されたものである。抽斎が講師になった時には、もう玉池が死に、子藍渓、孫桂山、曾孫柳が死に、玄孫暁湖の代になっていた。抽斎と親しかった桂山の二男庭は、分家して館に勤めていたのである。今の制度に較べて見れば、抽斎は帝国大学医科大学の教職に任ぜられたようなものである。