일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면

아오조라 문고

その百十六

その外家元門弟中より紅白縮緬の天幕、杵勝名取男女中より縹色絹の後幕、勝久門下名取女中より中形縮緬の大額、親密連女名取より茶緞子丸帯の掛地、木場贔屓中より白縮緬の水引が贈られた。役者はおもいおもいの意匠を凝したびらを寄せた。縁故のある華族の諸家は皆金品を遺って、中には老女を遣したものもあった。勝久が三十一歳の時の事である。

その百十六

勝久が本所松井町福島某の地所に、今の居宅を構えた時に、師匠勝三郎は喜んで、歌を詠じて自ら書し、表装して貽った。勝久はこの歌に本づいて歌曲「松の栄」を作り、両国井生村楼で新曲開きをした。勝三郎を始として、杵屋一派の名流が集まった。曲は奉書摺の本に為立てて客に頒たれた。緒余に『四つの海』を著した抽斎が好尚の一面は、図らずもその女陸に藉って此の如き発展を遂げたのである。これは明治二十七年十二月で、勝久が四十八歳の時であった。

勝三郎は尋で明治二十九年二月五日に歿した。年は七十七であった。法諡を花菱院照誉東成信士という。東成はその諱である。墓は浅草蔵前西福寺内真行院にある。原ぬるに長唄杵屋の一派は俳優中村勘五郎から出て、その宗家は世喜三郎また六左衛門と称し現に日本橋坂本町十八番地にあって名跡を伝えている。