후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
その百十九
この間に勝久は名取の弟子僅に七人を得ている。明治三十二年には倉田ふでが杵屋勝久羅となった。三十四年には遠藤さとが杵屋勝久美となった。四十三年には福原さくが杵屋勝久女となり、山口はるが杵屋勝久利となった。大正二年には加藤たつが杵屋勝久満となった。三年には細井のりが杵屋勝久代となった。五年には伊藤あいが杵屋勝久纓となった。この外に大正四年に名取になった山田政次郎の杵屋勝丸もある。しかしこれは男の事ゆえ、勝久の弟子ではあるが、名は家元から取らせた。今の教育は都て官公私立の学校において行うことになっていて、勢集団教育の法に従わざることを得ない。そしてその弊を拯うには、ただ個人教育の法を参取する一途があるのみである。是において世には往々昔の儒者の家塾を夢みるものがある。然るにいわゆる芸人に名取の制があって、今なお牢守せられていることには想い及ぶものが鮮い。尋常許取の濫は、芸人があるいは人の誚を辞することを得ざる所であろう。しかし夫の名取に至っては、その肯て軽々しく仮借せざる所であるらしい。もしそうでないものなら、四十四年の久しい間に、質を勝久に委ねた幾百人の中で、能く名取の班に列するものが独り七、八人のみではなかったであろう。