후리가나로 읽는 일본 고전
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みみずのたわこと
みみずのたはこと
徳冨 健次郎
徳冨 健次郎의 みみずのたはこと(みみずのたわこと)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 265,437자 · 530화면
儂自身の眼から見る儂は、無月給の別荘番、墓掃除せぬ墓守、買って売る事をせぬ植木屋の亭主、位なもので、村の眼からは、儂は到底一個の遊び人である。遊人の村に対する奉公は、盆正月に近所の若い者や女子供の相手になって遊ぶ位が落である。儂は最初一の非望を懐いて居た。其は吾家の燈火が見る人の喜悦になれかしと謂うのであった。多少気張っても見たが、其内くたびれ、気恥かしくなって、儂は一切説法をよした。而して吾儘一ぱいの生活をして居る。儂は告白する、儂は村の人にはなり切れぬ。此は儂の性分である。東京に居ても、田舎に居ても、何処までも旅の人、宿れる人、見物人なのである。然しながら生年百に満たぬ人の生の六年は、決して短い月日では無い。儂は其六年を已に村に過して居る。儂が村の人になり切れぬのは事実である。然し儂が少しも村を愛しないと云うのは嘘である。ちと長い旅行でもして帰って来る姿を見かけた近所の子供に「何処へ往ったンだよゥ」と云われると、油然とした嬉しさが心の底からこみあげて来る。
東京が大分攻め寄せて来た。東京を西に距る唯三里、東京に依って生活する村だ。二百万の人の海にさす潮ひく汐の余波が村に響いて来るのは自然である。