후리가나로 읽는 일본 고전
ja-reading.com
후리가나가 있는 일본 고전을 온라인으로 읽으세요. JLPT 수준으로 골라 보고, 단어를 눌러 뜻을 확인하고, 문장을 번역하세요.
しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
翌日また有馬左兵衛佐道純家来竹内玄同、徳川賢吉家来伊東貫斎が奥医師を命ぜられた。この二人もまた蘭法医である。
抽斎がもし生きながらえていて、幕府の聘を受けることを肯じたら、これらの蘭法医と肩を比べて仕えなくてはならなかったであろう。そうなったら旧思想を代表すべき抽斎は、新思想を齎し来った蘭法医との間に、厭うべき葛藤を生ずることを免れなかったかも知れぬが、あるいはまた彼の多紀庭の手に出でたという無名氏の『漢蘭酒話』、平野革谿の『一夕医話』等と趣を殊にした、真面目な漢蘭医法比較研究の端緒が此に開かれたかも知れない。
抽斎の日常生活に人に殊なる所のあったことは、前にも折に触れて言ったが、今遺れるを拾って二、三の事を挙げようと思う。抽斎は病を以て防ぎ得べきものとした人で、常に摂生に心を用いた。飯は朝午各三椀、夕二椀半と極めていた。しかもその椀の大きさとこれに飯を盛る量とが厳重に定めてあった。殊に晩年になっては、嘉永二年に津軽信順が抽斎のこの習慣を聞き知って、長尾宗右衛門に命じて造らせて賜わった椀のみを用いた。その形は常の椀よりやや大きかった。そしてこれに飯を盛るに、婢をして盛らしむるときは、過不及を免れぬといって、飯を小さい櫃に取り分けさせ、櫃から椀に盛ることを、五百の役目にしていた。