후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
などのような大部のものがあった。
この年弘前藩では江戸定府を引き上げて、郷国に帰らしむることに決した。抽斎らの国勝手の議が、この時に及んで纔に行われたのである。しかし渋江氏とその親戚とは先ず江戸を発する群には入らなかった。
抽斎歿後の第九年は慶応三年である。矢島優善は本所緑町の家を引き払って、武蔵国北足立郡川口に移り住んだ。知人があって、この土地で医業を営むのが有望だと勧めたからである。しかし優善が川口にいて医を業としたのは、僅の間である。「どうも独身で田舎にいて見ると、土臭い女がたかって来て、うるさくてならない」といって、亀沢町の渋江の家に帰って同居した。当時優善は三十三歳であった。
比良野貞固の家では、この年後妻照が柳という女を生んだ。
第十年は明治元年である。伏見、鳥羽の戦を以て始まり、東北地方に押し詰められた佐幕の余力が、春より秋に至る間に漸く衰滅に帰した年である。最後の将軍徳川慶喜が上野寛永寺に入った後に、江戸を引き上げた弘前藩の定府の幾組かがあった。そしてその中に渋江氏がいた。
渋江氏では三千坪の亀沢町の地所と邸宅とを四十五両に売った。