후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
幸に妙了の女姪が一人富田十兵衛というものの妻になっていて、夫に小母の事を話すと、十兵衛は快く妙了を引き取ることを諾した。十兵衛は伊豆国韮山の某寺に寺男をしているので、妙了は韮山へ往った。
四月朔に渋江氏は亀沢町の邸宅を立ち退いて、本所横川の津軽家の中屋敷に徙った。次で十一日に江戸を発した。この日は官軍が江戸城を収めた日である。
一行は戸主成善十二歳、母五百五十三歳、陸二十二歳、水木十六歳、専六十五歳、矢島優善三十四歳の六人と若党二人とである。若党の一人は岩崎駒五郎という弘前のもので、今一人は中条勝次郎という常陸国土浦のものである。
同行者は矢川文一郎と浅越一家とである。文一郎は七年前の文久元年に二十一歳で、本所二つ目の鉄物問屋平野屋の女柳を娶って、男子を一人もうけていたが、弘前行の事が極まると、柳は江戸を離れることを欲せぬので、子を連れて里方へ帰った。文一郎は江戸を立った時二十八歳である。
浅越一家は主人夫婦と女とで、若党一人を連れていた。主人は通称を玄隆といって、百八十石六人扶持の表医者である。玄隆は少い時不行迹のために父永寿に勘当せられていたが、永寿の歿するに及んで末期養子として後を承け、次で抽斎の門人となり、また抽斎に紹介せられて海保漁村の塾に入った。