후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
五百は用人河野六郎の内意を承けて、久次郎の随行を謝絶した。久次郎はひどく落胆したが、翌年病に罹って死んだ。
渋江氏の一行は本所二つ目橋の畔から高瀬舟に乗って、竪川を漕がせ、中川より利根川に出で、流山、柴又等を経て小山に著いた。江戸を距ること僅に二十一里の路に五日を費した。近衛家に縁故のある津軽家は、西館孤清の斡旋に依って、既に官軍に加わっていたので、路の行手の東北地方は、秋田の一藩を除く外、悉く敵地である。一行の渋江、矢川、浅越の三氏の中では、渋江氏は人数も多く、老人があり少年少女がある。そこで最も身軽な矢川文一郎と、乳飲子を抱いた妻という累を有するに過ぎぬ浅越玄隆とをば先に立たせて、渋江一家が跡に残った。
五百らの乗った五挺の駕籠を矢島優善が宰領して、若党二人を連れて、石橋駅に掛かると、仙台藩の哨兵線に出合った。銃を擬した兵卒が左右二十人ずつ轎を挟んで、一つ一つ戸を開けさせて誰何する。女の轎は仔細なく通過させたが、成善の轎に至って、審問に時を費した。この晩に宿に著いて、五百は成善に女装させた。
出羽の山形は江戸から九十里で、弘前に至る行程の半である。