일본어 읽기 연습

후리가나로 읽는 일본 고전

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しぶえちゅうさい

渋江抽斎

森 鴎外

森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.

N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면

아오조라 문고

森枳園はこの年七月に東京から福山に遷った。当時の藩主は文久元年に伊予守正教の後を承けた阿部主計頭正方であった。

優善の友塩田良三はこの年浦和県の官吏になった。これより先良三は、優善が山田椿庭の塾に入ったのと殆ど同時に、伊沢柏軒の塾に入って、柏軒にその才の雋鋭なるを認められ、節を折って書を読んだ。文久三年に柏軒が歿してからは家に帰っていて、今仕宦したのである。

この年箱館に拠っている榎本武揚を攻めんがために、官軍が発向する中に、福山藩の兵が参加していた。伊沢榛軒の嗣子棠軒はこれに従って北に赴いた。そして渋江氏を富田新町に訪うた。棠軒は福山藩から一粒金丹を買うことを託せられていたので、この任を果たす傍、故旧の安否を問うたのである。棠軒、名は信淳、通称は春安、池田全安が離別せられた後に、榛軒の女かえの壻となったのである。かえは後に名をそのと更めた。おそのさんは現存者で、市谷富久町の伊沢徳さんの許にいる。徳さんは棠軒の嫡子である。

抽斎歿後の第十一年は明治二年である。抽斎の四女陸が矢川文一郎に嫁したのは、この年九月十五日である。

陸が生れた弘化四年には、三女棠がまだ三歳で、母の懐を離れなかったので、陸は生れ降ちるとすぐに、小柳町の大工の棟梁新八というものの家へ里子に遣られた。