후리가나로 읽는 일본 고전
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しぶえちゅうさい
渋江抽斎
森 鴎外의 渋江抽斎(しぶえちゅうさい)을 후리가나와 함께 일본어로 읽으세요. JLPT N2. 단어를 누르면 뜻이 나옵니다.
N2 · 고급 · 신자체·신가나 · 166,525자 · 334화면
五百と保とは十六カ月を隔てて再会した。母は五十七歳、子は十六歳である。脩は割下水から、優は浦和から母に逢いに来た。
三人の子の中で、最も生計に余裕があったのは優である。優はこの年四月十二日に権少属になって、月給僅に二十五円である。これに当時の潤沢なる巡回旅費を加えても、なお七十円ばかりに過ぎない。しかしその意気は今の勅任官に匹敵していた。優の家には二人の食客があった。一人は妻蝶の弟大沢正である。今一人は生母徳の兄岡西玄亭の次男養玄である。玄亭の長男玄庵はかつて保の胞衣を服用したという癲癇病者で、維新後間もなく世を去った。次男がこの養玄で、当時氏名を更めて岡寛斎といっていた。優が登庁すると、その使役する給仕は故旧中田某の子敬三郎である。優が推薦した所の県吏には、十五等出仕松本甲子蔵がある。また敬三郎の父中田某、脩の親戚山田健三、かつて渋江氏の若党たりし中条勝次郎、川口に開業していた時の相識宮本半蔵がある。中田以下は皆月給十円の等外一等出仕である。その他今の清浦子が県下の小学教員となり、県庁の学務課員となるにも、優の推薦が与って力があったとかで、「矢島先生奎吾」